自ら設計・販売をするだけでなく、委託販売などを通じてコミュニティとの積極的な関わりを続けてきた遊舎工房。今回その遊舎工房が、外部とのコラボレーションによって新製品「Lube Station」を実現した。
最近ではすっかりブームから定着期に入ったスイッチの潤滑 (Lubrication)。それのために、スイッチやルブオイルを保持してくれる便利な作業場が Lube Station だ。金属製の高精度な筐体と質感たっぷりの白色塗装、使い勝手に細部まで気を配った設計の Lube Station が実現するに至った、コラボレーションの裏側を取材した。
Biacco42取材・文・写真
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Lube Station の設計・製造を担当したのが、医療器のパーツ製造や PC ケース・ファン等の製造販売を手掛ける長尾製作所だ。長尾製作所の特筆すべき点といえば、徹底した内製主義と手作業による柔軟な少量・多品種製造。今回のコラボレーションでも、非常に短期間での試作と設計改良が行われた他、キースイッチの部材の細部の寸法を見越した「先回りした設計」などで Lube Station の実現に大きく寄与した。
今回は、そんな長尾製作所の製造現場に、遊舎工房代表の倉内さん、同じく遊舎工房のひよこさんお二人と共に突撃し、設計・製造業務を一手に引き受ける職人兄弟、長尾 悠太さん(兄)と長尾 翔太さん(弟)に Lube Station 実現までの取り組みや苦労、アピールポイントについての話を聞いた。
有限会社 長尾製作所
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長尾製作所職人兄弟の兄。主に製造を担当。
長尾製作所職人兄弟の弟。主に製品設計・開発を担当。
よろしくお願いします。早速ですが長尾製作所はどういう会社なんでしょうか?
もともと医療器や通信機器の筐体製造とか部品加工をやっていたんですが、20 年ぐらい前に PC ケースをオールステンレスで作ろう、というところから PC 事業部が始まりました。最近では、今回のような「こういう物を作りたい」というご相談を形にする仕事もさせていただいています。
どういった経緯で今回のコラボレーションはスタートしたんですか?
キーボード関連で、PC ワンズさんとのコラボレーション商品であるキースイッチテスターを作っていたんですが、それをきっかけに遊舎工房さんに知っていただいたみたいで、お声がかかって。長尾製作所では設計から製造まで一貫して内製、製造も手作業で行っているので、すばやく試作や微調整ができますし、イニシャルコストを抑えることができます。高価な金型を起こす必要があるプレス製品だとこうはいかないため、設計製造で小回りがきく弊社だからこそ、今回の遊舎工房さんとのコラボレーションが実現できたと思っています。
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設計の苦労話とか、ぜひ聞かせていただければ。
まず、キースイッチの軸自体をよく見ることがあまりなかったので(笑)
(笑)
軸をさすところの十字形は難しかったですか?
そうですね。少なくとも十字というのは特殊な型なので、どうしても特注でつくらないといけないなとは思っていました。そこで実際の軸を調べてみることにしたんですが、十字形ということで縦と横の幅はそんなに大きく変わらないだろうな、というのを測る前は思っていたんですね。でも実際測ってみたら縦と横で微妙に違っていて。そうなると、軸の向きによって入る入らないみたいなこともあり得るな、ということがわかって方針を変えました。十字形ではなく、丸であけたり角であけたりをやっているうちに、4 mm 角っていうのが一番収まりがいいんじゃないか、ということでご提案させていただいて。
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一番最初の試作で触って、これいいねって。
ルブする際に軸を保持する方法って意外と決定打がなかったんですが、スッとはまって適度に固定されて驚きました。
あとは、最初 Lube Station って話を聞いたとき、ちょっとなんのことかわからなくて(笑)
どういう形で使うものなのかネットで調べてみたり、実際にキースイッチを分解してみてはまるかどうか試してみたりして、探り探りやっていました。スイッチをはめる部分は 14.2 mm 角の穴を開けているんですが、実際にスイッチをはめてみると結構遊びがあるように感じたりして、調整はいろいろしましたね。
弊社の金型は 0.1 mm 単位であって、キースイッチをはめる穴を 14.1 mm 四方にすればギュッとはまるんですけど、外すときに塗膜が剥がれるリスクがあったり。じゃあ 14.3 mm にしようかってすると、0.1 mm でこんなに遊びがでるとさすがにどうなんだろう、ということもあり。僕たちはキーボードに関しては素人なので、これでしっくりはまったであろうっていうのを、僕たちなりに考えてお出ししました。
メーカーさんによっても微妙に大きさが違ったりがあるじゃないですか。
あー(笑)
今 Cherry 軸で検証してますけど、それであんまりガチッとはめてしまうと、他のものが合わなかったりするので。
そこまで考えていただいて…
キーボードのスイッチをはめるということはあるんですけど、分解するってことはやっぱりなかなかないので、いろいろと勉強になりました(笑)
「軸の縦横の幅を実際測ってみたら
結構違っていて。
メーカーさんによっても微妙に
違ったりするじゃないですか。
検証するときもそういったことは
考慮してましたね」
── 長尾 翔太
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母材となる鉄板をこのタレパン(ターレットパンチプレス)で打ち抜いてまずは形を切り出します。うちの中では唯一の自動で加工される工程ですね。みなさんこういうのって、プレスでガチョーンって一発で作られてるようなイメージが結構あるみたいで。
はい。正直こちらに来るまで「どうやって作ってるんだろう」って話をしていました。こういった形でまずは切り出しているんですね。
正直なところ、この Lube Station を 10 万個ぐらい作るっていうことであれば、金型を 100 万円ぐらいかけて作って、プレスで製造するっていうのがコスト的にも絶対正しいです。逆に、今うちでやっているようなタレパン、バリ取り、曲げを手作業で進めるようなやり方は 1000 個とか 1 万個とかの量産には向いてないんですが、「金型製作費で初期投資何十万」みたいなものがなく、設計製造の微調整も可能なので、少量の生産では強みになります。
通称「タレパン」。様々な形状・サイズの小型の金型を多数搭載し、NC 制御によってプログラムした位置に好きな金型で打ち抜き加工ができる。専用の金型を起こす必要がなく、汎用の型で様々な形状を打ち抜くことができるため、イニシャルコストがかからず多品種少量生産に向いている。
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曲げ加工は完全に手作業なんですか?
曲げとバリ取りは基本的に手作業ですね。バリに関しては、特に外形の手が触れるところがバリが強く、そのままだと簡単に手を切ってしまうほど鋭いため、できるだけなめらかに、触れたときに少しつるつるするぐらいにしています。でないとお客様に怪我をさせてしまわないか気が気じゃないので。そういう意味では、バリ取りがいちばん大変なところではあるかもしれないですね。
それだけ丁寧にされてるってことは、やはりこだわりというか。
料理人も最初は皿洗いしかさせてもらえない、みたいな話あるじゃないですか。バリ取りも同じで、まず最初にやらされるのがバリ取りなんですね。で、経験を積んでくると、なんだかんだ言ってやっぱり基本が大切、バリ取りも大切だなっていうのがわかってくる。18 歳からはじめて 13 年やっていて、失敗もたくさんやって、たくさん怪我をしたりもしました。そういった中である程度長くやってると、偏りなく丁度いいバリ取り、研磨が感覚でわかるようになるんです。今回の製品も万全の品質で出しているので安心してください。
打ち抜いたままの鉄板外周部は「バリ」という鋭い端面が生じてしまい怪我の原因となるため、これをエンドレスベルトという装置で取り除く。バリ取りを終えた鉄板に曲げ加工を加えることで基本的な工程が完了。すべて長尾製作所内の手作業で、高い品質と多品種少量生産を支えている。
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今回は白色塗装にチャレンジさせていただきました。
そうですね。黒はどうしても油汚れが目立ってしまいやすいので、その点白色塗装は今回の Lube Station のような、手が触れる製品向きだと思います。ただ、白色塗装は普通の黒色塗装と違い、プライマーという塗装処理を一工程プラスアルファでやっているため、工数もかかりますし、それ専用のラインも作らなきゃいけないんですね。なのでどうしても価格が少し上がってしまうんですが、仕上がりはきれいです。
ルブとなると、手で触れるだけでなく潤滑油自体もどうしてもついてしまうかと思うので、白色塗装にこだわってみました。
お手入れが簡単で美観が保たれるのは、愛着の点でも長く使う上でも嬉しいですね。
先程製造工程を見させていただいて、非常にしっかりしたものづくりをされているのが伝わってきました。それに対して、遊舎工房がアクリルのパーツを付けて販売する、言い換えるとちょっと手を加えるということを考えているんですが、正直なところ気になったりとかしませんか?
全く無いです! 逆に僕たちの方でアクリル加工のパーツを付けてほしいとなると、どうしても僕らの手を離れて別の加工業者さんに外注としてお願いしてという形になってしまいます。そうすると、コンセプトの一つである自社一貫生産というところから離れていってしまう。
うちとしては、その製品や部品のことを一番良く分かっている知識のある方が手を加えてくれることでより良い製品になると思うので、もう全然ありですね。
アクリルのパーツの合体となると、僕らが Lube Station のベースを作らせていただいて、遊舎工房さんがアクリルのパーツをそれにプラスして、ということでより一層のコラボという感じになりますし、僕らとしてもうれしいですね。
ちょっと心配していたのでよかったです(笑)
「お客さんの声が直接聞けるのが
こういった製品づくりの魅力ですね。
ほめてもらえればすごいテンション
上がりますし、こうした方がいい
っていうご意見があれば、
もっとやってやろうって刺激になる」
── 長尾 翔太
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今回遊舎工房さんに来ていただいたんですが、そこで製造現場や完成品をお見せして「おーすげー」って言っていただいて。普通の製造業ではこういうことを言ってもらえるって、まずないんですよね。不良を起こさなければ注意されないだけで、ほめてもらえるということはない。だから今回みたいに、同業者からみれば高々曲げ、高々バリ取りでこんなにチヤホヤされることってなくて(笑)
今回のようなコラボレーションで最終製品(それ以上加工されず、消費者の手に直接渡る製品)を作れると、直接お客さんの声が聞けるのですごくうれしいですね。自分で作ったものが「すごくいい」って言っていただけると正直すごいテンション上がりますし、「こうしてよ」っていうのがあれば、じゃあもっとやってやろうって刺激になる。そういう、お客さんと一緒にものづくりができるのがこういう製品に関わる一番おもしろいところで、最後に「長尾製作所に頼んでよかった」「長尾製作所の製品を買ってよかった」と言ってもらえれるようなものづくり、そういう関係をお客さんと築いていければと思っています。Lube Station も細心の注意を払って、自信を持って製造しているので、ご期待いただければ。
発売後の反応が楽しみですね。本日は、Lube Station 実現までのお話を伺わせていただいたり、製造現場を見学させていただきありがとうございました。
ありがとうございました。
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自身もキーボード設計者として有名な遊舎工房代表倉内氏と、キット販売で積極的にコミュニティと協調してきた遊舎工房ひよこ氏。コミュニティとの深いつながりを持つ両名が Lube Station にたどり着いたのは、コミュニティメンバーとの対話の中でした。市場調査による消費者目線だけでもない、製造技術・研究開発による生産者目線だけでもない、コミュニティの一員として活動しているからこそできた消費者目線と生産者目線の融合による製品開発の様子を、遊舎工房代表倉内さん、コミュニティメンバーとして企画立案に参加した foostan さんと yohe さんに語ってもらいました。
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左右分割型 Columnar Staggered キーボード Corne の設計者。自作キーボード設計入門シリーズや meishi PCB 設計講座など、初心者向けのガイドにも取り組んでいる。キーボードブランドは Pastry Keyboard。
NumAtreus や UraNuma などのキーボードキット、HHKB の HUTA や各種キーボードの 3D プリントケースを設計するなど幅広く活動している。自作キーボード集団「沼人の会」主宰。
Lube Station は遊舎工房ブランドを冠した製品としては初めてのものですよね?
そうですね。遊舎工房ブランドとしての製品は出したいなと思っていたんですが、最初はなにつくろうかなって思っていて。結果としていい感じにまとまったなと思っています。電子工作でアクリルケースを作る、みたいなことはやっていたけれど、今回のような商品開発はさすがに初めてで。
じゃあ板金とかの経験は…
はじめてですね。アルミのプレートとかはやったことがあったけれど、アルミにアルマイトだと仕上がりは想定できるので。
ではこれが板金製品第一弾ということですね。アルマイトだと仕上がりが想定できてしまうから新しい方向に行ったというのが、自ら設計開発もされている倉内さんらしいです。
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Lube Station では長尾製作所さんだけでなく、コミュニティとのコラボレーションということで foostan さんと Yohe さん、私も企画立案の初期から参加させていただきました。
我々だけで考えたものよりも、いろいろな意見を聞いて、本当にユーザーが欲しいというものを提供したいなと思って。最初は設計者の方を呼んで、板金でどういうものがつくれるか、つくりたいかというお話をしましたね。
最初は普通にキーボードのマウントプレートはどうか、みたいな話をした覚えがあります。Lube Station は誰が提案したんでしたっけ?
誰だったっけ?(笑)
(笑)
たしか、ルブする人増えてますよねって、話はしてたんですよね。
しましたね。
そのころちょうど、アクリル製のルブステーションがいくつかリリースされていて。
よく考えてみたらルブステーションってアクリルぐらいしかないですもんね。
ルブステーションという話が出てからは、トントン拍子というか、結構一気に話が進んだように記憶しています。
あえてキーボードじゃなくてルブステーションに行ったのはおもしろかったですね。
そうですね。会話の場を持つことで、当初の想定していた範囲にとらわれず、いい落とし所というか、いいものにできたなって思います。
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企画案出しから参加されていたお二人は、最初はどんな感じで参加されていたんでしょうか?
最初は座談会みたいな感じで集まって。で、実際に作るところは遊舎工房さんのほうで…と思っていたら、意外とがっつり関わることになって(笑)
そうですね。ここまで関われると思ってなくて、それが製品として出るのは感慨深いですね。
一番最初にお話したのは何月ごろでしたっけ?
たしか 8 月ぐらいですよね。コミケの頃だったはず。
そうするとここまで 3 ヶ月ぐらいでこんな形になって。
スピードがすごいですね。この前頼んだのに、もう試作がきた!って。
前のバージョンができたときはテンション上がりましたね。
早くできた理由の一つとして長尾製作所さんが言っていたのが、最初からこんなにちゃんとした図面を出してくるところはそうそうないらしいです。普通はタイトルだけで注文が来るらしくて…(笑)
Lube Station に関しては、最初の打ち合わせのときに話しながらその場で Illustrator で設計して。
最初は温度感がわからなかったけど、次回は最初から設計しそう(笑)
このスピード感は、利用者として集められたメンバーが設計者でもあったという、自作キーボードの利用者と提供者の距離が近い趣味だという特徴も出てますね。
「やっぱ Cherry MX は
ルブしないとカサカサですね。
打鍵感もそうですけど
音はほぼルブで変わります。
ちなみにそれは
スイッチフィルム入ってますね」
── foostan
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今回 Lube Station の企画に参加されてみていかがでしたか?
おもしろいですよね。こういう製品を作るのに、初めはなにやるか、どうなるかわからなくて。普段ハードウェアではなく、デジタルなものをやっているので、物理的なものを作る過程に携われるのはいい経験だなって。
普通なかなかないですもんね。
物理的なもの作るのってもっと時間がかかると思ってたんだけど、このスピード感でできるっていうのは、すごい体験ですよね。「試作品ができました」「はや!?」みたいな。
今風なものづくりって感じですね。
長尾製作所さんの反応がすごい早いんですよ。次これやりますか?みたいな。
試作もさせていただいてフィードバックにも素早く対応していただいて、結果的に本当にいいものが仕上がりましたよね。
きれいですね。
白にしてよかったですね。汚れも目立たなさそう。
アクリルのルブステーションだとスイッチのツメ部分が押し込まれちゃったりしますし、鉄板でやることで爪がかかる厚さにできたのもよかったですね。
「アクリルのパーツを別途
カットして色を組み合わせるのも
おもしろそうですね。
赤とか組み合わせても
かなりかっこよくなりそうだし、
いろいろ試してみたくなる製品ですね」
── Yohe
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(完成品にスイッチをはめて写真を撮って遊び始める一同)
おー、かっこいい!
あー!
これは欲しくなりますね。
スイッチ飾っておくだけでもいい。アルチザン置き場としても。
Jelly Key とか乗せたらほとんどインテリアですね。
これレーザー刻印で遊舎工房ロゴとか入ってたらいいですねぇ。この角度から写真撮ったら…
(笑)
完成品の Lube Station のクオリティについて話の止まらない一同。その後も利きルブスイッチをするなど大いに盛り上がった。ご紹介してきた Lube Station は遊舎工房一周年を記念して 1/11 日発売予定。ぜひ実物をチェックしてみてほしい。
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